幼少時代の弁慶は、大食漢の暴れん坊で、近隣の農家の食べ物を盗んでは暴れ廻るほどだったので、そのために島流しにあいました。その島は、島根県の中海にあり、弁慶島という名前は今も残されています。
その後、鰐淵寺で修業をしたそうですが、修業の際も大食漢だったため、鰐淵寺にあった修行僧の四十八戸の宿坊のみそ汁を食べて廻ったと言われており、次のようなわらべ歌が残っています。
弁慶 ♪ 弁慶 ♪
皿 持って来い ♪
汁 吸わしょ ♪
(参考『出雲伝説 弁慶』 絵 小室 孝太郎 解説 酒井董美 発行 平田青年会議所青年部 より)
そんな鰐淵寺の麓で、弁慶番茶は栽培されているのです。ひょっとすると、弁慶が歩いたかもしれない土の上で、茶畑を耕し、作っているのです。
歴史のロマンを感じながら、お茶を飲むのも、一興ではないでしょうか。
※鰐淵寺は推古二年(五九四)に開山し、日本で最初に延暦寺の末寺となった古刹で、源義経・武蔵坊弁慶・北条時宗・毛利元就らが帰依した寺です。それにしても、出雲の国には、弁慶にまつわる伝説がたくさんあるのです。
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